Ads by Google

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

TV『その時歴史が動いた〜平安京誕生』

 千年の都・京都の原点「平安京」。その誕生の裏には、時の桓武天皇をめぐる血ぬられた争いと苦悩が秘められていた。奈良時代の末、平城京での激しい権力闘争の中で桓武天皇は「遷都」によって政治体制の一新をもくろむ。しかし極秘裏に進めた最初の遷都は大きな反発を呼んだ。窮地に陥った桓武天皇はさらなる遷都で理想の都作りをめざす。「平らかで安らかな都=平安京」と名づけた桓武天皇の思い、そして京都誕生の時を描く。
 番組では、桓武天皇が最初に都を移した京都の西隣の「長岡京」にも注目。近年の発掘調査によって、これまで平安京遷都までの仮の都と考えられていた長岡京の実像が明らかになってきている。長岡京は水運や衛生の利便を計算に入れ、それまでの奈良平城京の弱点を克服しようと計画的に造営された本格的都市だった。桓武天皇の幻の都・長岡京の実像もCGなどをまじえて紹介する。

平安京に都を定める前の段階として、長岡京の成り立ちや都市計画について大きく取り上げていたのは、なかなかユニークな視点だなと思いました。
長岡京といえば、「造営がスムーズに進まず、未完成で放棄された都」というイメージを持っていました。しかし実際は、ほぼ完成間近の都市であったこと、また宮殿を始めとする多くの建物は難波宮や平城京から移築していたことなどを、恥ずかしながら番組を見て初めて知りました。
昭和の半ばまでは「幻の都」と呼ばれ、存在を疑問視する声すらあったというのも初耳でした〜(知識なさすぎ?)

いくら数々の災害や「怨霊」が原因の不幸に見舞われたといえ、平安京への再度の遷都は、桓武天皇にとって悩んだ末の大きな決断だったんでしょうね。平城京を思い切って捨てて移った都を、わずか10年ほどで諦めようというのですから。飛鳥時代にも何度か遷都は行われてますが、その頃とは全く都の規模が違ってたでしょうし、また聖武天皇が度々遷都した都とは異なり、長岡京は概ね完成しかけてたのですからね。「何故今さらまた…」という意見もあったでしょう。
もし平安京の遷都も上手くいかなかったら、天皇への反対派勢力が再び力を盛り返してくる可能性が大きかったはずで、桓武天皇にとって絶対に失敗できない賭けであったろうと思います。

逆にちょっと不満だった点は、桓武天皇が皇位に即くまでの経歴で、異母弟の他戸親王が皇太子を廃され山部親王(=桓武)が立てられた事情について、あまり深く触れずさらりと流されてしまったことかな。
平安京の建設とは直接関係のない出来事とはいえ、井上内親王と他戸親王の名前すら言わなかったのは、何だかねえ…。桓武天皇にとって都合がよくないことだからスルーしたのか?と勘ぐってしまいました。
この政変も含めて、井上内親王について近々書いてみようかなと予定してます。

平安時代はそれなりに人気のある時代ですが(特に今年は「源氏物語千年紀」でしたし)、一般的にスポットが当たるのはどうしても、王朝文化が華開いた中期・源平合戦が勃発した後期が中心で、前期はやや注目度が劣っている感があります。たしかに後の時代に比べると有名な人物は少ないかもしれないけど、熾烈な権力争いに絡んだ事件も色々あるので、また少しずつ紹介していけたらと思います。

*公式サイト=その時歴史が動いた「平安京誕生〜千年の都に秘められた苦闘」

Comment

Trackback

Copyright © 影千代