京都新聞「堀河院跡から平安後期のサイコロ 白河上皇悩ませた?」
院政を始めた白河上皇が住んだ京都市中京区の堀河院跡の発掘調査で、平安後期のサイコロが出土していたことが17日までに分かった。賭博に興じた貴族らの日常がうかがえる。
市立音楽高校移設に伴い、旧城巽中跡地を京都市埋蔵文化財研究所が昨年調査、11世紀中ごろ−後半の池跡などが見つかっている。
サイコロは池跡近くの柱穴から出土。素焼きの陶製で一辺1.6センチの立方体。目は失われていたが、転がりやすいように、角は丸みを帯びていた。
平家物語によると、権勢を極めた白河上皇は「鴨川の水、双六(すごろく)の賽(さい)、山法師だけは思いのままにならない」と嘆いたとされる。担当者は「上皇を悩ませた賽の一つだろうか」と話している。
この白河上皇の有名な台詞は、平家物語の巻一「願立(がんだて)」に出てきます。
延暦寺などの有力寺社が強訴に及ぶ様の脅威を描いており、その中で
『賀茂河の水、双六の賽、山法師。是ぞわが心にかなはぬもの』と白河院が語った言葉を引き、院庁の権力をもってしても神威と強力な僧兵をバックにした山門の抑制は容易でなかった事情を表しています。
さて、今回出土した「双六の賽」ですが、この意味は「双六賭博が大流行し、いくら取り締まっても埒が空かない」事かと思い込んでいたのですが、それとは別に「上皇自身の双六の腕前の下手さを嘆いている」という解釈もあるようですね。
白河院の享楽的な性質から考えると、後者の解釈の方が相応しいかな?という気がしないでもないです(^^;
ちなみに堀川院は平安京の名邸の一つとされていましたが、惜しくも白河上皇の晩年に焼失してしまったそうです。
跡地は二条城の東隣に位置し、京都国際ホテル前に石碑が、全日空ホテルの駐車場内には庭園の滝口が復元されています。
・参考サイト=
平安京探偵団 堀川院跡
「監督、もう投げられません」「何弱気な事を言っているんだ!」
サイコロとは面白いものが見つかったんですね。さすが京都です。
しかし、柱穴の中というのは、なんでそんな所にあったんですかね?
池の畔で最初はみんなで楽しく双六をしてたのに、負け続けの上皇が癇癪おこして投げつけたはずみで転がってきたとか??
きっとみんなで探したんだけど見つからなかったんですね。
上皇が自分の双六の腕前の下手さを嘆いているというお話も面白いのですが、上皇に勝っちゃう遊び仲間達の心境も微妙ですよね。負けても笑って済ますくらいの大らかな上皇だっら良いんですけど、怨まれて冷遇されでもしたら割に合いませんから。「上皇様、もう少し上手になってくれないかなぁ…」と思っていたんではないでしょうか。
しかし、当時の双六はどんな形態か知らないのですが、今あるみないな「ふりだし」から「あがり」まで駒を進めるだけならば、運任せかもしれません。でも「バックギャモン」みたいに5,6個の駒を動かして競う様な物ならば頭を使うしコツも必要なので、上皇様が負け続けというのも想像できますね。そのために、地方に左遷させられたお公家さんがいたら可哀想ですが。
では、またお邪魔します。