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幕政改革の挫折 ー 北条貞時

鎌倉幕府の9代目執権・北条貞時は、知名度の点では彼の父(北条時宗)や息子(北条高時)と比べると、やや劣っています。けれども彼の生涯は、幕府組織の行き詰まりを象徴しているかのように私には思えて、興味深い人物です。

◆霜月騒動と平禅門の乱
北条貞時は文永8年(1271)12月12日に出生しました。弘安7年(1284)父の時宗が亡くなり、彼は14歳で執権に就任します。
当時の幕府は元寇の恩賞問題や国防の強化など、問題が山積の状態。そのため若年の貞時に代わり、安達泰盛が幕政を主導しました。泰盛は貞時の母方の伯父で、時宗存命中より幕府内で大きな影響力を持っていた有力御家人です。
泰盛は、将軍権威の強化を図る政策を次々と打ち出しました。北条得宗家の専制を抑え、将軍直属の御家人衆の立場回復を狙ったのです。しかし御内人(得宗家直属の家臣)たちは一斉に反発、中でも内管領(御内人筆頭)で貞時の乳母夫でもある平頼綱は、泰盛と激しく対立していきます。

そして頼綱は「泰盛の息子が『我が曾祖父は、実は頼朝公の御落胤である。だから自分は源姓を称すべきだ』と言い触らしています。これは将軍になる野心の表れに違いありません」と讒言して貞時を焚き付け、安達氏討伐の下知を引き出させました。
弘安8年11月、貞時の命を受けた頼綱たち御内人は泰盛を誅殺。安達一族や泰盛派の御家人も多数殺され、その影響は鎌倉のみならず地方にも波及しました(霜月騒動)。以後御家人の勢力は完全に失墜、平頼綱は強大な権勢を振るいます。彼の政治の手法は極めて峻烈で、恐怖政治として人々に怖れられました。

一方、果断で気鋭な青年に成長した貞時は、自分なりの政治理念を志向し始めました。しかし頼綱が相変わらず専横を続けているため、徐々に彼のことを目障りに感じるようになっていきます。
永仁元年(1293)4月、ついに貞時は頼綱邸に討手を差し向けました。運が尽きた事を悟った頼綱は一族と共に自害(平禅門の乱)。23歳になっていた貞時は、ようやく自ら政治の実権を掌握する事ができたのでした。
◆得宗専制と徳政令
貞時は「頼綱執政期の秕政を正す」と謳い、次々と改革に着手していきました。
まず引付衆を廃止*し、彼自身が政務を直断する形にしました。専制の強化を通じ、支配の統制と幕府権威の回復を目指したのです。加えて収賄の禁止、訴訟の迅速化、霜月騒動で失脚した北条一門や御家人の再登用なども行っています。さらには、中小御家人の保護を積極的に押し進めました。
貨幣経済の浸透や分割相続の繰り返し等により、鎌倉時代中期から御家人たちは貧窮化しつつありました。それに輪をかけたのが、元寇時の莫大な軍費の負担。そこで彼等の救済のため、永仁5年(1297)発布したのが有名な「永仁の徳政令」です。
内容は「今まで御家人が売却・質入れした土地は無償で持主に返せ。その他一切の貸借も破約せよ」というもの。随分乱暴な法令ですが、そこまで御家人の窮乏が切迫してたのでしょう。しかし効果は一時的なものに過ぎず、却って経済の混乱を招く結果となってしまいました。
*=引付制度は後に復活。

◆相次ぐ身内の不幸
意欲的に政務に励む貞時でしたが、家庭内では不幸に見舞われ続けました。
永仁5年に生まれた娘は生後すぐ死亡し、正安3年(1301)には北条一門に嫁がせた長女が病死。さらに3人の息子たちも次々に夭折していったのです。長女が死んだ同年、貞時は執権職を従兄弟の北条師時に譲り出家していますが、子供の健康長寿を願って仏にすがりたい気持ちがあったのかもしれません。
そして嘉元3年(1305)ある事件が起こりました。内管領北条宗方が、上意と称して連署の北条時村を殺害。貞時は即刻、宗方一味を粛清しました(嘉元の乱)。一般的には執権職へ野心を抱いた宗方の謀反と言われてますが、北条庶流(時村)と対立した得宗の貞時が、宗方を使って時村を処分したという説もあり、真相は藪の中です。
どちらにせよ、かつて他氏排斥に発揮された北条氏の結束力は、最早ないに等しいものになっていたと言っていいでしょう。

◆享楽に走った晩年
この頃から、貞時は政治への関心が薄れ始めました。延慶元年(1308)に御内人の平政連が、貞時を諌めるため提出した「平政連諫草」には「真摯に政務に取り組むべし、連日の酒宴を止めるべし、過度の贅沢を控えるべし」等とあり、当時の彼の日常が伺えます。成果の上がらぬ改革に疲れ果てたのと、子女に先立たれる悲しみが重なり、自暴自棄になったのでしょうか。そして彼の政務放棄により得宗の権威は弱まり、御内人が再び幕府の実権を握っていきました。
応長元年(1311)、貞時は享年40で死去。死の床で跡継の四男・高時(当時9歳)を案じ、長崎円喜と安達時顕(泰盛の弟の孫)の2人に後事を託したといいます。

失敗に終わった徳政令や、酒と贅沢に溺れた晩年を見ると、貞時は決して名執権とは言えないかもしれません。しかし、前半生は情熱を持って改革に取り組んでいました。鎌倉幕府の制度と時代の進化のギャップが、彼一人の努力ではどうする事も出来ない処まで来ていた結果なのではないでしょうか。

*参考書籍=「鎌倉北条氏の興亡」

Comment

2007.11.08 Thu 00:45  |  いま、丁度、

こんばんわ。
今回のお話の霜月騒動〜平禅門の乱の頃の話は、今ちょうど高橋直樹さんの短編集『鎌倉擾乱』を読んでいて、その中の「異形の寵児」の舞台そのものです。たまたまとは言え今読んでいる本のお話で大変嬉しかったです。

この「異形の寵児」に登場する平頼綱は生い立ち、風貌に恵まれず、感情を覆い隠して成長し、冷酷無比な権力者にのし上がっていく姿はまさに異形という感じです。
高橋さんはこの本で中山義秀文学賞を受賞したそうで、だからと言うわけではないのですが、本当に描写が巧みで頼綱の不気味さは背筋が寒くなるようです。

高橋さんの作品は今回が初めてでしたが、大変気に入ったので他にも読んでみようと思います。ところで、過日、高橋さんの講演会が神奈川県の金沢文庫でありました。私は抽選で見事にはずれました。この金沢文庫では月に一度、いろいろなテーマで学芸員の方の講演があるのですが、結構人気があるみたいで抽選は激戦のようです。無料ですし…。私はまだ一回しか当たってません。
ちなみに11月の演題は「北条氏ゆかりの仏像」だそうです。
これは当るかな??

では、また。

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2007.11.08 Thu 15:08  |  勉強科目・・・(汗)

影千代さん、こんにちは〜♪

リューザキ・ランキングで、「好きな歴史上の女性」で不動の1位の北条政子姐サマ。
その北条家とは縁も所縁もないけれど(笑)「好きな戦国武将ランキング」では上位を占める後北条家。

あぁ〜、しかし。。
何故か不得意分野の北条執権政治時代(汗)
一応、地元なんですけどね〜(大汗)

白天目さん、横レス失礼します。
金沢文庫にお越しの際は、時頼ゆかりの「金沢ねこ」を探してみてくださいね♪

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  • リューザキ
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2007.11.09 Fri 00:41  |  金沢ねこ??

*リューザキさんへのお返事をこの場をお借りしてさせていただきます。*

リューザキさん、こんばんわ。
金沢ねこですか、私知りませんでした。お恥ずかしい…
試しに検索してみましたが、それらしいねこは見つかりませんでした。かなりディープな物件のようですね。
でも、金沢文庫&称名寺の敷地は狭いので今度行った折には草の根分けても探してみたいです。
はたしてそれは石像なのか、彫り物なのか、絵画なのか、はたまた寿命千年のもののけなのか、楽しみです。

  • #DGRzt1hQ
  • 白天目
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2007.11.09 Fri 10:00  |  金沢ねこは・・・(汗)

白天目さん、苦労させてしまった様で恐縮です(汗)

「金沢ねこ」は生きた猫です。
時頼が、現在、金沢文庫に所蔵されている文書を中国から取り寄せる時、
船中でネズミに齧られないように、中国で調達され、
その後、金沢区一帯に広まった(?)外来猫のことです♪

外見は、「三毛猫」に似ているらしいです。
(それで、どうやって見分けろと??笑)

それらしき猫を見かけたら、「もしかして・・・」とガン見してやって下さい。。

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2007.11.09 Fri 21:07  |  異形の寵児

>白天目さん
こんばんは。私も「鎌倉擾乱」以前に読みましたよ〜♪
中でも「異形の寵児」は傑作ですよね。読んだのが数年前なので失念した部分もありますが、リアルで迫力のある描写と、平頼綱の不気味な人物像はよく覚えてます。
高橋直樹さんの他の作品では、私は「霊鬼頼朝」「戦国撩乱」を持っています。
あと未読ですが、鎌倉ものだと「天皇の刺客」というのもあるそうです。
どちらかといえば寡作なタイプだそうで、作品数はあまり多くないようですが…。

金沢文庫では、毎月講演会が開かれているんですね。
横浜に行く機会があればぜひ参加してみたいですが、当選すること自体が大変そうですね。
「北条氏ゆかりの仏像」というテーマは、なかなか珍しい切り口で、何だか興味を引かれます。
今月こそ当たるといいですね!^^

2007.11.09 Fri 21:24  |  NoTitle

>リューザキさん
こんばんは。いや私も、北条氏は一族としては全然詳しくないですよ。
有名な人物はわかりますが、傍系になると誰が誰やら…。
ただ鎌倉時代って、中期はなんか平和そうなイメージがあったんですが、そうでもないみたいで面白そうだなと思って(笑)
でも今のところあくまで興味のみで、知識がついて行ってない状態です(^^;

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