Cafe Japanesque
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霊山護国神社
霊山歴史館の向かい側に、坂本龍馬や中岡慎太郎などの維新志士たちが眠る、京都霊山護国神社があります。
ここは慶応4年(1868)5月、明治維新の実現の為に倒れた多くの志士たちの霊を慰める目的で、明治天皇の発案によって創建されました。この地に築かれたのは、幕末に尊攘派志士達の聖地とされていたからです。当初は霊山官祭招魂社と称していましたが、昭和14年に京都霊山護国神社と改称しました。 嘉永6年(1853)以降の殉難者や戦没者が、1356名祀られているそうです。
人数からすると、おそらく長州が一番多いでしょう。池田屋事件や禁門の変などでの殉難者の碑が建ち並んでいます。その次に多いのは土佐かな。でも不思議な事に、もう一つの倒幕運動の中心藩だった薩摩は全然見当たらなかったんですよねー(探せば幾つかはあるのかもしれないけど)どうしてだろう?
ここは慶応4年(1868)5月、明治維新の実現の為に倒れた多くの志士たちの霊を慰める目的で、明治天皇の発案によって創建されました。この地に築かれたのは、幕末に尊攘派志士達の聖地とされていたからです。当初は霊山官祭招魂社と称していましたが、昭和14年に京都霊山護国神社と改称しました。 嘉永6年(1853)以降の殉難者や戦没者が、1356名祀られているそうです。
人数からすると、おそらく長州が一番多いでしょう。池田屋事件や禁門の変などでの殉難者の碑が建ち並んでいます。その次に多いのは土佐かな。でも不思議な事に、もう一つの倒幕運動の中心藩だった薩摩は全然見当たらなかったんですよねー(探せば幾つかはあるのかもしれないけど)どうしてだろう?
電車の自動改札機のような入口(あの風情のなさ、どうにかならないのか…)に入場料を入れ、舗装された参道を行くと、まずは龍馬と慎太郎のお墓が見えてきます。
神社への参道の入口の看板に「坂本龍馬先生の墓」とデカデカと書かれてるくらいの、いわばこの墓地のメインですね。

(*クリックすると画像が拡大します)
向かって左が坂本龍馬、右が中岡慎太郎の墓です。この左側には、犯人たちを部屋に案内する途中に斬られた龍馬の従僕・藤吉のお墓もあります。
お花や千羽鶴などがとてもたくさん供えられていました。命日関係無しに、墓参りに来てくれるファンが絶えないという事ですよね。さすが先日放送の番組「ニッポン人の好きな100人の偉人」で第二位に輝く人気者ですなぁ。
ところでお墓の周りに、ファンの方が龍馬への思いを書き込んだプレートが所狭しと置かれてるのですが時々「試験に合格しますように」とか、そりゃ違うやろってのがあるのが気になったり・・・。

龍馬と慎太郎の銅像。円山公園にある有名な像とデザインは同じですが、こちらはミニサイズでちょっとかわいい(?)感じ。寺田屋のお登瀬が伏見の画家・田中松穂に描かせた、龍馬が暗殺される直前の肖像がモデルだそうです。

天誅組のリーダー格の一人・吉村寅太郎の墓です(上部が切れてしまった…)
天誅組は文久3年(1863)、公家の中山忠光(明治天皇の叔父)を擁して大和国で義挙の兵を挙げた一団ですが、間もなく鎮圧されほとんどのメンバーは戦死しました。
寅太郎と共に旗揚げに参加した藤本鉄石・松本奎堂・那須信吾などの墓もあります。

左は木戸孝允の墓。墓地の一番奥にあり、周りを石柱で囲ってあるとても立派なお墓です。左手の奥には、夫人の松子(幾松)の墓も建っています。
右は、京都滞在中に旅館で襲われ暗殺された大村益次郎の墓です。
ここには他にも、久坂玄瑞、吉田稔麿、品川弥二郎、平野国臣、横井小楠、武市半平太、梅田雲浜などといった、幕末好きならおなじみの有名人達の墓があります。墓域が広く道も少々分かりにくいので、お目当ての人物がいるなら、入ってすぐの所にある地図で場所を確認して行くのがよいと思います。
ちなみに私が行った時は、ひどい大雨で足場が超悪かった(滑って転倒してる人を2人も見た…)上に雷まで鳴り始めたため、こんな所で死にたくない(笑)と思い、早々に退散しました。おかげで全部は回りきれなかったので、またいつか再訪したいです。
*公式サイト=京都霊山護國神社
大きな地図で見る
神社への参道の入口の看板に「坂本龍馬先生の墓」とデカデカと書かれてるくらいの、いわばこの墓地のメインですね。

(*クリックすると画像が拡大します)
向かって左が坂本龍馬、右が中岡慎太郎の墓です。この左側には、犯人たちを部屋に案内する途中に斬られた龍馬の従僕・藤吉のお墓もあります。
お花や千羽鶴などがとてもたくさん供えられていました。命日関係無しに、墓参りに来てくれるファンが絶えないという事ですよね。さすが先日放送の番組「ニッポン人の好きな100人の偉人」で第二位に輝く人気者ですなぁ。
ところでお墓の周りに、ファンの方が龍馬への思いを書き込んだプレートが所狭しと置かれてるのですが時々「試験に合格しますように」とか、そりゃ違うやろってのがあるのが気になったり・・・。

龍馬と慎太郎の銅像。円山公園にある有名な像とデザインは同じですが、こちらはミニサイズでちょっとかわいい(?)感じ。寺田屋のお登瀬が伏見の画家・田中松穂に描かせた、龍馬が暗殺される直前の肖像がモデルだそうです。

天誅組のリーダー格の一人・吉村寅太郎の墓です(上部が切れてしまった…)
天誅組は文久3年(1863)、公家の中山忠光(明治天皇の叔父)を擁して大和国で義挙の兵を挙げた一団ですが、間もなく鎮圧されほとんどのメンバーは戦死しました。
寅太郎と共に旗揚げに参加した藤本鉄石・松本奎堂・那須信吾などの墓もあります。

左は木戸孝允の墓。墓地の一番奥にあり、周りを石柱で囲ってあるとても立派なお墓です。左手の奥には、夫人の松子(幾松)の墓も建っています。
右は、京都滞在中に旅館で襲われ暗殺された大村益次郎の墓です。
ここには他にも、久坂玄瑞、吉田稔麿、品川弥二郎、平野国臣、横井小楠、武市半平太、梅田雲浜などといった、幕末好きならおなじみの有名人達の墓があります。墓域が広く道も少々分かりにくいので、お目当ての人物がいるなら、入ってすぐの所にある地図で場所を確認して行くのがよいと思います。
ちなみに私が行った時は、ひどい大雨で足場が超悪かった(滑って転倒してる人を2人も見た…)上に雷まで鳴り始めたため、こんな所で死にたくない(笑)と思い、早々に退散しました。おかげで全部は回りきれなかったので、またいつか再訪したいです。
*公式サイト=京都霊山護國神社
大きな地図で見る
Comment
2006.05.10 Wed | #mQop/nM.
霊山護国神社は、たしか一回だけ夕暮れ時に行ったことがあります。京都駅から友達と二人で三十三間堂、清水寺、八坂の搭、霊山護国神社と徒歩でずーっと行ったんですよ。今考えると無謀なことしたな〜と思います…(笑)。
当時は墓の方に行く時料金所みたいなのはなかったと思いますが、いまは料金がかかるんですね。
でもまた行きたいな〜。夕暮れ時だったので資料館に入ってないんですよ。それに自分も墓を全部見れてないので、ぜひ行きたいなあと思います。
当時は墓の方に行く時料金所みたいなのはなかったと思いますが、いまは料金がかかるんですね。
でもまた行きたいな〜。夕暮れ時だったので資料館に入ってないんですよ。それに自分も墓を全部見れてないので、ぜひ行きたいなあと思います。
mansaku21 [URL]
2006.05.10 Wed | 健脚ぶりに驚きです… #PoWRB6fw
京都駅って、もちろんJRのですよね?
あんな所から歩いたんですか!?凄すぎますーー!
次回お越しになる際は無理をせず、是非バスの一日乗車券ご利用を…(笑)
以前は料金かからなかったんですかー、知りませんでした。
「日本で唯一、墓参りにお金がかかる所」と何かで揶揄されてましたが、あれだけの規模の墓地を維持する為には、ある程度仕方ない気もします。
歴史館は小さいですが、貴重な収集物も多いそうなので、なかなか楽しめると思いますよ♪
あんな所から歩いたんですか!?凄すぎますーー!
次回お越しになる際は無理をせず、是非バスの一日乗車券ご利用を…(笑)
以前は料金かからなかったんですかー、知りませんでした。
「日本で唯一、墓参りにお金がかかる所」と何かで揶揄されてましたが、あれだけの規模の墓地を維持する為には、ある程度仕方ない気もします。
歴史館は小さいですが、貴重な収集物も多いそうなので、なかなか楽しめると思いますよ♪
gungnir25 [URL]
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