明石城
ここは城跡が大規模な公園となっており、図書館の他にも陸上・野球などの競技場や様々なレクリエーション施設があります。桜の季節に訪れると、とても綺麗ですよ〜。

(*クリックすると画像が拡大します)
お堀にはなんと噴水が設置されていました(何年か前に来た時はなかった)
涼しげなのはいいのですが、やっぱいささかミスマッチのような気がしないでもない…。
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歴史本『室町時代の一皇族の生涯』
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後崇光院伏見宮貞成親王が綴った『看聞日記』は、室町前期の息づまる政局の脈動をありありと伝える。皇位継承をめぐる皇族間の確執、将軍義教の粛正政治、巷の風聞、宮廷の四季を彩る祭礼・行事・遊びの数々や猿楽・茶の湯・連歌など新しく興隆した芸能文化の様子。
波乱と珍奇に富む多彩な日記の世界を披露しながら、嫡男を皇位に即ける念願を果たした筆者の生涯を追う。
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TV『その時歴史が動いた〜イギリスから見た薩英戦争』
幕末の文久3年、日本が英国と互角に渡り合った薩英戦争。侍たちは何故、世界最強の艦隊と対等に戦うことができたのか。そこには、英国側のある実情が隠されていた。
日本中が怯えた大英帝国の強大な軍事力は、「張り子の虎」つまり虚像だった。当時英国は、中国大陸 (清朝) での植民地戦争に手一杯だった。軍艦や兵士も十分に派遣されず、見放されたにも等しい環境の中で、駐日英国公使たちは必死に虚勢を張っていた。彼らは自分たちを狙う攘夷活動の嵐に怯えながらも、ギリギリの駆け引きで日本との外交を乗り切ろうとしていた。
一方の薩摩藩も英国に対して現実を超える恐怖つまり虚像を抱き、誤解を募らせていた。
しかし、戦争が終わると、薩摩は実は英国が理想のパートナーであることを見いだす。そして逆に結びつきを深め、倒幕運動の一大勢力として生まれ変わり、その後の歴史を大きく動かしていった。
番組では、英国の視点を軸に、外交戦略の誤算が招いた薩英戦争の実相を描く。
いやぁー今回は珍しく(え?)、なかなかいい特集だったと思います。
薩英戦争って、幕末史の中ではもちろん重要な出来事の一つだけど、下関戦争と比べると詳しく触れられることが少ないような気がするんですね。その分興味深く見られたというのもあるし、あくまで「イギリス側から見た戦争」に絞った構成が新鮮でした。
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謎の集団のリーダー
京都新聞「佐々木只三郎の鎖かたびら発見/戊辰戦争で着用か」
坂本龍馬暗殺にかかわったとされる京都見廻組与頭(くみがしら)の佐々木只三郎(1833−68)が、戊辰(ぼしん)戦争で着ていたとみられる鎖かたびらが、このほど見つかった。佐々木家の家紋入りで、弾痕や血痕が残っている。幕末・維新史を研究する京都市東山区の霊山歴史館は「只三郎の最期を知る上で貴重な史料になるのでは」と注目している。
鎖かたびらは丈約70センチ、両袖間約110センチ。麻布で覆われた冬用で、佐々木家の家紋ひし形の「四つ目結」が紺で染め抜かれている。弾痕を縫い直した跡が多数あるほか、右脇腹に血痕、左肩に刀で切られたとみられる裂け目が残っている。(中略)
佐々木只三郎は会津藩士。同館所蔵の「佐々木只三郎伝」によると、1868(慶応4)年正月、鳥羽伏見の戦いで先陣を切ったが銃創を負い、部下とともに紀州に落ち延びたものの、傷がもとで死亡し、紀三井寺(和歌山市)に葬られた。(中略)
伝記には、敗走中に部下が軍資金を盗もうとしたために只三郎の死期を早めたという記述もあり、木村幸比古学芸課長は「朝敵として身ぐるみはがされ、満足な治療も受けられなかったのでは」と最期を哀れむ。(後略)
鎖かたびらの状態から、戦闘の激しさがうかがえるようですね。リンク先に写真が載ってますが、未だに大きな血痕が残っていて、生々しさにちょっとゾッとします(-_-;)
「敗走中に部下が軍資金を盗もうとしたために只三郎の死期を早めた」という説は初めて知りました(伝記といえども、信憑性があるのかは不明ですが…)。ほうほうの体で落ちのびて、寂しい最期だったのかも。
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遥かなる天竺へ ー 高岳親王
その人の名は真如法親王、俗名は高岳親王。数奇な運命をたどる事を余儀なくされつつも、強い意志で仏教の「真理」を追い求めたひとりの皇子のお話です。
◆父の起こした事件に連座
高岳親王は、桓武天皇の皇太子・安殿親王の第三皇子として生まれました。正確な生没年は不詳ですが、貞観7年(865)に67歳で亡くなったと推定されているので、逆算すると誕生は延暦18年(799)になります。ちなみに彼の甥にあたるのが、かの『伊勢物語』の主人公のモデル・在原業平です。
大同元年(806)桓武帝が崩御し、安殿親王は平城天皇として即位します。3年後、平城帝は病気を理由に弟の嵯峨天皇へ譲位し、同時に高岳親王は皇太子の座に就きました。しかし次第に天皇と上皇の間で対立が深まり、ついに翌年、平城上皇が寵愛する藤原薬子とその兄・仲成が中心となった「薬子の変」が勃発。クーデターは失敗に終わり上皇は出家隠棲。そしてとばっちりを受けた親王は、皇太子を廃されてしまったのでした。
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船中八策から大政奉還へ
・・・とWikipediaにはあるんだけど、それはどこに書かれてるんでしょうか?12日は龍馬たちの乗っていた船が兵庫港に着いた日の筈なのですが、その当日のことなの?知ってる人ぜひ教えて下さーいm(_ _)m
◆船の上で練った構想
同年の4月に亀山社中を「海援隊」と改称して隊長となり、いろは丸沈没事件をほぼ解決させた龍馬は、土佐藩参政の後藤象二郎らと共に藩船・夕顔丸で長崎から出航します。船中で彼は、新しい国家体制について持論の大政奉還や公議政治の構想を練り上げて後藤に披露し、側にいた海援隊文司の長岡謙吉が書きとめました。
その文章が以下の条文です。
要約するとこんな感じでしょうか。一、天下ノ政権ヲ朝廷ニ奉還セシメ、政令宜シク朝廷ヨリ出ヅベキ事。
一、上下議政局ヲ設ケ、議員ヲ置キテ万機ヲ参賛セシメ、万機宜シク公議ニ決スべキ事。
一、有材ノ公卿諸侯及天下ノ人材ヲ顧問ニ備へ官爵を賜ヒ、宜シク従来有名無実ノ官ヲ除クべキ事。
一、外国ノ交際広ク公議ヲ採り、新ニ至当ノ規約ヲ立ツべキ事。
一、古来ノ律令ヲ折衷シ、新ニ無窮ノ大典ヲ撰定スべキ事。
一、海軍宜ク拡張スべキ事。
一、御親兵ヲ置キ、帝都ヲ守衛セシムべキ事。
一、金銀物貨宜シク外国ト平均ノ法ヲ設クべキ事。
以上八策ハ、方今天下ノ形勢ヲ察シ之ヲ宇内万国ニ徴スルニ、之ヲ捨テヽ他ニ済時ノ急務アルナシ。
苟モ此数策ヲ断行セバ、皇運ヲ挽回シ、国勢ヲ拡張シ、万国卜並立スルモ亦敢テ難シトセズ。
伏テ願クハ、公明正大ノ道理ニ基キ一大英断ヲ以テ天下ト更始一新セン。
・政権を朝廷にお返しすること
・上下の議会を置き、すべて公論に基づいて政治を行うこと
・公卿や大名の他、世のすぐれた人材の中から顧問を選ぶこと
・外国と平等な立場の条約を結び直すこと
・古来からの法律を折衷し、国家の基本になる憲法を新たに制定すること
・海軍を拡大し強化すること
・親兵を置いて都を守ること
・金銀の比率や物の値段を、外国と同じにする法律を設けること
もっともこの案は龍馬のオリジナルではなく、彼と交流があった横井小楠が唱えた『国是七条』がモデルになっています。しかし8番目の策で経済について触れられている辺りは、"商人"龍馬の面目躍如といえる気がします。
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幕末の男装詩人 ー 原采蘋
そんな女流文学者の中の一人に、なんと男装で全国を旅し、各地の文人たちと交流を深めた異色の漢詩人・原采蘋(さいひん)という人がいます。采蘋の生涯をたどる企画展が、地元である福岡県朝倉市の甘木歴史資料館で開かれているとの新聞記事を目にしたことから、彼女の人生や業績について少し調べてみました。
原采蘋は寛政10年(1798)に、筑前秋月藩の藩校「稽古館」の教授・原古処の娘として生まれました。兄弟が病弱であったため、少女時代から才気煥発だった采蘋は、父から期待をかけられて教育を受けます。
父親の死後、学問と詩作のために関東(一説には東北)から九州まで漂泊の旅を繰り返し、京では頼山陽・梁川星巌などの著名な学者に指導を受け、江戸には20年間滞在し当時の文人墨客と交流を持ちました。51歳の時に帰郷して私塾を開きますが、約10年後に「父の遺稿をまとめて刊行したい」と志し、資金作りのために再度旅に出ます。しかし長州の萩でチフスにかかって倒れ、安政6年(1859)にその地で亡くなりました。
采蘋は一人旅に出る際、危険を避ける為に男装し、脇差しを所持していたと伝えられています。大柄な外見でその上酒豪でもあったらしく、男装姿でも違和感が少なかったのかもですが、一方で「うりざね顔の美人で(中略)艶聞の噂も多かった」と、なかなか気になるエピソードもあります。また女性の教育者という存在自体が稀だった時代に、幾多の男子塾生を教授した事実から、学問が豊かなのは無論ですが人間的にも大きくて魅力があった人物だったことが想像できると思います。
以下は、采蘋が28歳の時の漢詩です。
此処を去って単身また東に向かふ
神交千里夢相通ず
家は元天末帰る何の日ぞ
跡は楊花丹に似て飛んで風に任す
*参考サイト=筑紫野市歴史博物館
(シリーズ「ちくしの散歩」→39:原采蘋/筑紫路の漢詩人)
ドラマ『武蔵坊弁慶』総集編
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出演:中村吉右衛門(武蔵坊弁慶)川野太郎(源義経)荻野目慶子(玉虫)麻生祐未(静御前)高橋かおり(小玉虫)長岡輝子(弁慶の母)ジョニー大倉(伊勢三郎)岩下浩(常陸坊海尊)村田雄浩(片岡経春)布施博(片岡為春)佐藤浩市(木曽義仲)大地真央(巴御前)芦田伸介(平清盛)隆大介(平知盛)長塚京三(平宗盛)堤大二郎(平資盛)真野あずさ(建礼門院右京太夫)寺尾聡(金売り吉次)児玉清(富樫家経)菅原文太(源頼朝)萬屋錦之介(藤原秀衡)
円教寺に火を放ったと濡れ衣を着せられた弁慶は比叡山を追われ、たどり着いた京で千本刀取りを決意。そしてついにその千本目、弁慶は五条大橋で源義経と運命の出会いを果たす。決闘で敗れた弁慶は、義経と主従関係の契りを結び、一生をかけて彼を守ると誓うのだった…。
1986年にNHK総合で放送された大型時代劇の総集編。原作は「姿三四郎」なども手掛けた富田常雄の小説。源義経の第一の忠臣・武蔵坊弁慶が、平家追討や奥州逃避行で活躍していく波乱万丈な生涯を描く。
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歴史占い・パート3
- Sat
- 23:01
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